デッサン日記

        2006. 7月19日(水)  The Prayer  祈り

I pray you'll be our eyes,and watch us where we go

And help us to be wise,in times when we don't know

Let this be our prayer,when we lose our way

To a place where we'll be safe


どうか私達の目になり

行く先々で私達をお守りください

道を見失ったとき、この祈りをきいてください

貴方のお慈悲で

私達を安全な場所でお導きください


アンドレア・ボチェッリのCD『夢の香り』の中の2曲目THE PRAYER の出だし部分の歌詞です。
Celine Dionとのデュエット曲の英語の部分の訳詩を添えました。
最近はあまり音楽も聴きませんが、仕事の合間に筆をおいて一休みするときたまに音楽を聴きます。
歌詞の訳なども気にしたことがありませんでしたが、Let this be our prayer,・・・・がLet this be afraid ,・・・・に聞こえたのです。
気になってCDの原語と訳詩を開いてみたら上記のような素敵な歌詞だったというわけです。
たまには歌詞や訳詩も見てみるものですね。
しかし神というのはいろいろな民族によっては異なる神になるようで、それぞれに都合の良い解釈をつけるときもあります。
民族や宗教の違いによる戦いはもう無くしてほしい・・・。


        2006. 7月15日(土)  全体視と部分視

 画面に念を出す場合、眼の焦点の持ってきかたによって使う脳?が違う。

先日ステレオアダプターを使った立体画像を撮像してみたのだが・・・、その撮像を立体視する場合、最も簡単なのが二つの画像を平行法で一つの画像に脳の中で合わせて立体視するやり方である。
このやり方はコツがあって焦点を合わさずに永遠平行に視るやりかたである。

念版の念を出す場合の、全体視はこの平行法の見方に良く似ている。
部分視とは普通に人間がものを見るときの見方・・・対象に焦点を当てる見方です。

平面に二眼の像を出す場合、この全体視の念と部分視の念、二つの念を同時に出さないと結像しないということが判ってきた。

デッサンでいうと全体を見ながら部分を描きこむと同じことです。


      2006. 7月11日(火)   ちばてつや方式

以前漫画家のちばてつや氏がインタビューで『毎日の仕事を日々燃え尽きるまで、その日のエネルギーが完全燃焼して余力がないほどまでに自分を追いつめる・・・』と言っていた。

私も完全燃焼式を見習わなくてはいけない・・・。
好きなことをやっているのだから完全燃焼できるはずだ・・・、がなかなか君子のごとく行かない。

今日はうれしいことがあったので一杯やりたくて早めに切り上げてしまった。

今夜の画像はほんとうは悲しい画像なのであるが・・・。

『市』さんシリーズです


           2006. 7月9日(日)  待つ楽しみ

 あるものをアメリカへ注文してそろそろ一ヶ月経つだろうか。

そろそろ送られてくる時期だが、最近またパーツを追加注文してしまった。
先日その注文先から追加注文したパーツが1-2週間経たないと入らないと連絡が入った。
先に注文した物を先に送るか、、一緒に送るか聞いてきた。
別途にすると、また送料とかめんどうだし、一緒に送ってもらうことにした。

本当に楽しみにしているものを待つということは楽しいことだ・・・。
この物が届いてしまうとまた苦難が始まることであろうし・・・、また新たなるお宝をほしがって貯金するのだろうけど・・・。

到着してしまえばもう楽しみはなくなるかもしれないし、新たなる現実が始まる・・・。

画像は今日念描した失敗作、女房ではありません。


過去のデッサン日記へ