デッサン日記

          12月31日(土)   一年を振り返って

 独立美術協会に出品することをやめて本当に良かったと思う。
出品し続けていたらいわゆる『絵馬鹿』、絵を描くことに明け暮れる生活であったろう。

山に登ることも、星を撮影することもなかったであろう。

今、私の人生を振り返ってみるとそんなに悪くないと思えるようになった。

山に登り、星を撮ることによってもう少し大きいスケールでものを考えることができるようになったと思う。
その結果がようやく絵の仕事に現れだした。

私の人生も終章に近づいていると思う・・・、最後に一つの悟りがあればよいと思う。


        11月27日(日)   趣味より優先するもの

 この「デッサン日記」も「念版屋スケッチブック」を作ったので閉めようかとおもったがこうしてまた書きたいと思うこともあるので
続けることにしました。

あちらは写真や、星のことを・・・。

今年は天体の撮影にかなり熱を上げました、月末になってまた新月のころは撮影に行きたいとおもうのですが・・・。
絵の仕事の方が、思い通りに行かなかったものが穴があいて突破口が見えてくると、もう何をおいても優先するものはなくなってくる。

本職の方が楽しくなってくると、熱くなっていた天体写真の趣味に水をブッ掛けたように少し冷静さが戻ってきた。

今自分は何をなすべきか、何を優先すべきか・・・。

少し寒くなってきましたしね。


        9月7日(水)   脱皮?

 下の8月23日付けの日記に書いた『凹版での見切り・・・』、
一日で覆ってしまった。


というのは長年信じていた重心(ほぼ絶対値的に正しいと信じていた)が翌日いろいろやって再検討していたら少しずれていることが判ってきた。


たとえれば天体望遠鏡の赤道儀の極軸が少しでも狂っていると、いくら正確に導入しても点像に写らないのと同じである。


微妙に違う重心位置を修正しながら今までの凹版念描を書き進めると・・・、昔凸版技法で感じたときと同じような感動を覚えつつ少しづつ出なかった形が出つつある・・・。
行けるかもしれない・・・。


     8月23日(火)  30年かかった見切り。

 必ずあると信じた技法の答えが出てきつつある。
うまくいかないのは努力、やり方が間違っていると・・・。
なくはなかった、しかし精度の限界を見切る必要がある。
こんな程度では納得いかない、死ぬまで二流で終わるしかない。

久しぶりに見たどうしてもやりたくなかった技法凸版による念描写の絵。
納得がいくものであった、やはり。

やはり凸版をやるしかない、凹版も途中まで使える。
後がない、死ぬまでの時間はそう残されていない。
長い道のり30年もかかってようやく一つの技法を見切ることができたのか・・・。
この技法だけでは私の絵はできない。
残りの時間で納得がいく作品を残したい。


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